2011年1月5日水曜日

ケニア2日目〜トラブル②

モンバサ駅からトゥクトゥクと言われるバイクタクシーで町の中心へ。


このままマリンディに今日中に移動してもいいかな〜と思いつつ。

バックパックを背負いながら歩いていると、とにかく暑い。蒸し暑い。

ザンビアでは感じることのない暑さ。

その暑さに負け、荷物を置いて歩きたいと思い、モンバサに予定通り1泊することに。


ここモンバサはケニアでも大きな都市。

イスラムの文化とアフリカの文化が混じった町でした。

ザンビアにいるとイスラムの空気は全く感じないので、新鮮。


大きな都市だから、そうだ、トラベラーズチェックを換金しておこう!と思い立ち、

銀行へ行ってみる。

1つめ、扱っていない。

2つめ、扱っていない。

3つめ、扱っていない。

銀行全部当たったけど、扱っていない。


トラブル2つ目発生だ!


ウガンダに行ったときは、トラベラーズチェック簡単に換金できたし、

地球の歩き方には東アフリカではトラベラーズチェック換金できるところ多いって書いてあるし、大丈夫だと思っていた。。。

ザンビアでは簡単に使えないから、旅行用にとっておいて、それをあてにケニアにやってきてしまた。

しまったーーー。

現在所持金 $500

後半のサファリで、$510必要。もう足りんじゃん!

ってゆうかサファリしなくても、滞在自体危ぶまれるじゃん!

最悪、ケニアの隊員に借りるか。。。←こんな話先輩隊員から聞いたことあるわ。


と、全部の銀行を暑い中歩き回って疲れたので、ホテルに戻ってシミュレーションをしなおす。

今のホテルの値段が高すぎる!今の所持金から考えると、いたい。。

高いところに泊まったことを後悔しながら、地球の歩き方を見直す。


したら、隅っこの方に「アメックス取扱店」とかいてある旅行代理店を1軒発見!

早速そこに電話してみる。

そこではトラベラーズチェックを売ってはいるものの換金はしていないとのこと。

で、モンバサで換金できるところを尋ねてみたら、1つだけあるって!

Fort Jesus Forexbureau

さすがJesus。本当に助かった。ケニアで生き延びれる。

モンバサでトラベラーズチェックを換えるならここしかありません。

って、地球の歩き方に投稿しなければ。


お金も無事手に入り、

今までは、お土産も買えない、入場のとられるところは入れないと思っていたけど、

もうお土産屋も博物館も自信を持って入れるように!


その後、モンバサの観光を余裕を持ってしました。

久しぶりに海風を感じながら。


でも、モンバサでトラベラーズチェック換金しておこうと思い立って良かった〜。

でなきゃ、本当にお金なくなるところだったよ〜。



ケニア3日目へ続く。

ケニア1日目〜トラブル①

ケニア一人旅の様子を少しずつ更新していきます。


12月13日(月)朝、赴任時以来のルサカ空港へ。

いよいよ出発。同じアフリカだけど、やっぱり旅はわくわくします。


しかし、なんと、早速問題発生!!

飛行機が2時間遅れ!

ピンチです。私にとってはかなりのプロブレム。


もともとタイトなスケジュールで、

ナイロビに定刻で16:45に着いて、

すぐにタクシーでナイロビ駅に向かい、

19:00発のモンバサ行夜行列車に乗るつもりでした。


2時間遅れたら、ムリじゃん!18:45にナイロビ空港着!?

乗れないじゃん、列車!


でも、一人焦っても飛行機は飛ばないので、

とりあえず、到着後のシミュレーションをしてみる。

1.まっさきにイミグレを突破。周りの迷惑を顧みずダッシュで飛行機を降りる。

2.タクシーでとばしてもらってナイロビ駅へ(アフリカの鉄道なら遅れる可能性も大だし!?)

3.乗れたら…乗ってモンバサへ/乗れなかったら…どこかに泊まって、次の日にモンバサをやめてマリンディにバスで移動


でも、やっぱ、どうしても乗りたい。

前もって切符も買ってるから、無駄にしたくないし。


と、まあ、そんなこんなで、2時間遅れでルサカを出発。

ダッシュでイミグレ通過、荷物も比較的早く出てきた!

で、18:45にナイロビ空港でタクシーに乗車。

地球の歩き方によると空港からナイロビの町までタクシーで30分。

ムリかな〜〜〜と思いつつ、

とりあえず、ドライバーに急いでもらって、駅へ。


19:07にナイロビ駅に到着。


列車は2分前に出発したとのこと。ガーン。。。

切符も買っている人だったから、5分は待っていてくれたらしい。。。


ところが、ナイロビに一泊しようかどうしようか迷っている暇もなく、

駅員さんが「タクシーで次の駅に向かえ!今なら、列車に追いつける!俺も次の駅の所長に電話しておいてやる!」と。

そういうことなら、泊まってバス代を余分に払うよりも、

タクシー代を奮発して次の駅に向かう価値はあるかも!

ということで、またしてもタクシーを飛ばしてもらい次の駅へ。


注)電車に車で追いつくって、日本では考えられないと思いますが、こっちの列車は人が走るくらいのスピードしかでません。


間に合ったよー!!

列車よりも3分ほど早く次の駅に到着。

駅員も列車の車掌もタクシーの運転手も私の無事の乗車を見届けてくれました。

車掌には私のせいで列車が遅れたと文句を言われましたが、

最終的にモンバサには定刻より1時間以上遅れている訳で、私のせいではないでしょー。


車内では食堂車で夕食、ちゃっかりケニアのタスカービールを頂きました。

寝台車も4人部屋のコンパートメントに一人と快適でした。


乗ったときは夜だったので、外の景色は見れなかったけど、

朝は周りの景色を楽しめます。

世界の車窓からみたいだった。

列車に遅刻したことも忘れ、景色をたのしむ。

モンバサ発ナイロビ行(私が乗ったのと逆)の夜行列車だと朝はサファリ列車になるそうです。


しだいに海のにおいと湿っぽい暑さが。

トラブルはあったものの、朝10:30頃無事にモンバサへ到着しました。



ケニア2日目へ続く。

2011年1月4日火曜日

I want happy new year.

"I want Happy New Year."

したら、Giftが欲しいとのことらしい。

新年早々、相変わらずのザンビア式挨拶に、愛想笑いで返しました。
日本では、お正月にお年玉をあげるんだよ〜なんて言ったら、大変なことになりそうです。
言葉だけでもありがたく受け取ってよね。

こっちの新年は、日本のようなお正月うきうき気分は特になく、
普通にシマ食べて、テレビ見てました。

お雑煮とか食べたいな〜。。。


そしてそして、私の任期も残り半分、あと1年になりました。
帰ったらこんなことをした、あんなことをしたと言えるような活動ができるようがんばりますので、
今年もよろしくお願いします。

Have a wonderful year!!

2010年12月31日金曜日

本日仕事納め

大晦日も仕事でした。

仕事始めは明日。
年末年始休みなし!
でも、ケニアに行ったりで3週間の休みをもらってたからな。

ということで、
今年最後の日なので、今年一年を振り返ってみる。

1月
緊張の中、ザンビアへ赴任。
任国訓練を約一ヶ月受ける。
これからこんなことをやろうと意気込みながら。

2月
Kitwe YMCAヘ着任。
最初は何にもすることがなくて、お手伝いみたいなことをしていたな。
ザンビア人の仕事の進め方にイライラしてた。

3月
少しずつ日々の活動のパターン、生活のパターンができてきた。
幼稚園の活動開始。
近所の子どもジョジョが心の癒し。

4月
ユースキャンプの実施。
問題は山のようにあったけど、こっちでの仕事の進め方を知った。
初めてのリビングストンへ、同期隊員と。

5月
7月にやるイベントの準備開始。
幼稚園で日本の歌を教える。
ドラマのアクターオーディション。
少しずつザンビア人と一緒に仕事をしていくコツを掴み始めた。

6月
イベントの準備。テレビにも出たな。
ユースとドラマの練習。
YMCA以外にコミュニティスクールやフレンドオブストリートチルドレンでの活動も実施。
イベントの準備で忙しいけど、楽しい日々だった。

7月
JOCV40周年イベント。
感動して泣いたな〜。
日本からの友達がやってくる。
リビングストンからルサカ、そしてキトウェを案内。
ジョジョが引っ越してしまって寂しくなった。

8月
イベント終わった後の脱力感でちょっと中だるみ…。
イベントがきっかけで、YMCAドラマクラブが設立。
サンフィアとマンサへ同期隊員の任地に遊びに行った。

9月
ドラマクラブのイベント準備。
ザンビアで人生初のレコーディングを体験。
ドラマクラブのユース達にイライラしてた、この時期。

10月
ドラマクラブとして初のイベント開催。
先輩隊員訪問を受ける。
日本から友達が2人遊びに来てくれてリビングストンへ。

11月
Kitwe Little Theatreで公演を果たすため、
ドラマクラブユースメンバーと資金集め、準備に奔走。
朝の生放送で宣伝も。
ドラマの準備は、本当に次から次へと問題が発生して、大変だったな…。
日本からの友達が私の家に遊びに来てくれた。

12月
ワールドエイズデイの市のイベントでドラマ公演。
ドラマクラブがKitwe Little Theatreで初舞台。
またしてもドラマのメンバーに感動させられる。
初めての長期連休で任国外旅行ケニアへ。


今思い出せるのはこんな感じ。
文で書いてしまうと全然たいしたことやってきてないな〜。
でも、それぞれに大変だったわけなんですが。
毎日のオフィスの仕事、幼稚園の準備とかが意外と地味だけど面倒だったり。

来年の計画は既にある程度できているので、
今年一年見てきた問題や自分の活動の反省を踏まえてやっていこうと思っています。

日本ではもうすぐカウントダウンの時間だ!

2010年12月30日木曜日

同時にたくさんの

クリスマスプレゼントかお年玉か、日本から荷物やお手紙が届きました。

しばらくキトウェにいなかったので、郵便局に貯まっていたのかな?
それを一気にもらったもんだから、突然のクリスマスプレゼントみたいで嬉しかったです。
船便の荷物も日本から約9ヶ月かかって届きました。
友達からのお手紙もありがとう。

日本からのものはメールでも手紙でも何でも本当に嬉しいのです。
いつも気にかけて頂いてありがとうございます。


こちらから年賀状出してみたけど、ちゃんと届くかな?
切手が2010年のワールドカップ仕様だったよ、丸い切手、レアだよ。

ってゆうか、記念切手になるの遅すぎでしょ。
ワールドカップ中は普通の切手しかなかったのに、
今もう2011年を迎えようとしているときにようやく…。
これもザンビアらしい。

2010年12月28日火曜日

I'm back!

更新するの久しぶりになってしまいました。

現地語の語学訓練で1週間首都滞在、
その後、ケニアへ一人旅に行っていました。

語学訓練、
私のベンバ語は受講生が一人で、先生と一対一。
その分たくさん質問できて、勉強になった。楽しかった。
言語学専攻だったんだよね、大学では。
学生のときはその日勉強したことすぐに覚えれたのに、
物覚えが悪くなっていることを実感した。。。

ケニアでは、
奇麗な海と外国の雰囲気を存分に味わい、同期隊員と久々の再会、超リフレッシュして帰ってきました。
ナイロビで八丁みそを買ったよ!

また詳しいことは追々ブログで報告できれば、
面倒くさくならなければ、します。

久しぶりにキトウェに帰るのドキドキしてたけど、
家もきれいな状態で、近所さんも同僚も帰りを喜んでくれていて安心しました。

取り急ぎ、
キトウェに無事元気に帰ってきた報告まで。

2010年12月2日木曜日

ワールドエイズデイと本番

昨日は、いろいろあったけどついにやってきてしまったドラマの本番の日。


その午前中には、ワールドエイズデイの

市のイベントの中でパフォーマンスをしました。

その晩の宣伝も兼ねて、HIV/AIDSの啓発ドラマを。


それなのに、

ちゃんと練習を重ねてやってきたのに、

プログラムが押してるからって、途中でカットされた。。。

しかもこれからが良い場面なのに。。。

前のグループが長過ぎなんだよ。

ちゃんとうけていたのに。

ゲストオブオーナーが遅刻し過ぎなんだよ。

参加者も遅刻し過ぎなんだよ。

プログラム8:00からのスタートで13:00までの予定だったのが、

スタートは多分10:00とか。

でも、終ったのは13:00きっかり。

そんなのプログラム全部できるわけないじゃん。


これがザンビア式のイベント。

だからメンバーはみんなしょうがないよってそんな怒ってなかった。

けど、私からしたら、腹が立つ。


でもこんなところで腹が立っていても、

とりあえず、大本番は今晩なので、気を取り直してシアターの準備。


お客さんが何人来るかが私の心配の種だったけど、

席がうまることはなかったけど、

パフォーマンスに支障のない程度の客の入りではあったと思います。

メンバーの知り合い、私の知り合い(来て頂いてありがとうございます!)が多かったけど、

中には宣伝を見て来てくれた人も数人いました。


シアターのダイレクターが、

これからもコラボレーションしてやっていこうと提案してくれ、

また再公演(バレンタインデー)も決定。

これは私の力ではなく、彼らががんばって練習して、いいパフォーマンスをしてくれたから。

私は何にもしてないから申し訳ないな〜といつも思ってたくらい。

それでもメンバーから、

Without you, we couldn't achieve this.

You have honored me.

って言われて、こっちにきて2度目の感動の涙をこらえきれませんでした。


とりあえず、マネージャーとしてこれからは会計、スケジュール管理、宣伝、売り込み、スポンサー探しをまたがんばるかな。

来年はそれも少しずつメンバーにシフトしていきたいけど。

でも、来年は今のメンバーが学校に通い出したりでがらっと人が入れ替わることになると思うから、まだムリかな。。。


正直、七夕のイベントの4人のメンバーから始まったクラブがここまでやるとは思わなかったな。

七夕のドラマも最悪ザンビア人がうまいことできなかったら、

日本人ボランティアでやろうと思っていたくらいだったから。


流れに任せてサポートしてきたけど、

来年はもっと自分のやりたい活動に力を入れていきたいなーと思っている。

正直、これは自分のやりたい活動の形ではない。

できるかわかんないけど、あと一年、やらせてもらおう。