2011年7月29日金曜日

One of those days

今日はさんざんな一日でした。One of those days・・・ついていない日。


今日ある物を購入するために、お金とそれを運ぶようのバスを事前に配属先にお願いしていました。
お金は決して安くない1ミリオンクワチャ(約2万円)だったし、運ぶ物もでかかったので結構何度もリマインドしてプッシュして期限までに用意してもらうように手を尽くしていました。*お金は立て替えてもらうだけなので後で配属先に戻ってくるんだけどね。


お金を銀行からおろすには小切手に2人のサインが必要になります。配属先のトップと理事の会計担当者。配属先のトップはいつも職場にいるのでいいんですが、理事は他に仕事をしていて忙しいのでなかなか捕まらない。それでも今回のために、昨日の夕方までサインも終えて準備バッチリ・・・だったはず。ここまでは。。。


今日の朝、なんとめったにないことなのにタウン中が停電。銀行の機械も動かないからお金がおろせない!!まず1つ目のアクシデント。
しばらくたったら停電は回復。セクレタリーが小切手を持って銀行に。ところが待っても待っても帰ってこない。3時間が過ぎ、もうすでに物を一緒に購入するためにユースと待ち合わせていた時間を大幅に過ぎている。。。いくら朝停電してても、銀行が3時間待ちなんてありえない!絶対どっかで仕事をさぼっていやがる!と私はイライラしながら待っていました。2つ目にイライラ。
3時間半が過ぎてようやく帰ってきたと思ったら、小切手の記入に間違いがあってお金がおろせなかったとのこと!3つ目のアクシデント。どうやらアカウンタントがthousand kwachaの記入を忘れてしまったらしい。最悪だ。
記入の間違いを訂正するにも、理事のサインがまた必要になってくるし。。。ということで、配属先のボスがボスのサインだけでお金がおろせる口座から臨時で立て替えてくれることに。ちょっとイライラ回復。(ボスは私の要求にだけはなぜか一生懸命答えようとしてくれる。ザンビア人の同僚やユースにはきついんだけど・・・)
さっそくその小切手を持ってボスが銀行へ。そしたら今度は受取人のところにセクレタリーの名前を書いてしまったらしく、またまたおろせず。確かにいつもボスが直接銀行に行っておろすなんてことないから、アカウンタントもセクレタリーが行くと思ったんだろう。セクレタリーに電話してまた銀行まで行ってもらう。もうここまできたら待つしかない。


そしてようやくお金をゲット。。。。。。
もう午後1時過ぎ。ユースとの約束の時間は朝9時から10時。
お昼も食べずようやく出発。


それでもユースは待ってくれていて、文句も言わず手伝ってくれました。
ザンビア人は辛抱強いというのか慣れているからなのか。


なんか、何にもしてないんだけど疲れた。
久しぶりにザンビア人の仕事ぶりにイライラした。
たかだか買い物してそれを運ぶだけなのに。。。


いや、今回は特別ついてなかったな!!




そしてそんな今日、ザンビア大統領選挙の日程が発表されました。
誰もがいつになるのかいつになるのかと様々な噂や憶測が飛び交う中、テレビとラジオで公表されたそうです。9月20日。
どんな騒ぎになるかな〜。騒ぎにならないことを祈るけど、ちょっとだけ何かあってもいいかもなんて思ってしまう。ザンビアは今までも平穏に行われてきたようなので、大きな暴動にはならないと思うけど。

2011年7月27日水曜日

別れ

カナダからのインターンシップでやってきた学生が今日で活動終了。
やっと帰るか〜という気持ちが大きいですが・・・。


今日、配属先でお別れ会的なものをやりました。何だか自分が帰るときのことを考えてしまった。そして彼女が帰るからというのではなく、自分が帰るときを想像して泣いてしまった。(こんなときに超自己中)帰りたくないな〜って思いました。
イヤなこともたくさんあるけど、本音は帰りたくないって思っているんだって初めて気付いた。
あと5ヶ月とちょっとの時間を大切にして過ごしていかなければ。

2011年7月10日日曜日

もうすっかり冬ですな

北風?なのか寒い風が吹いているキトウェ、ザンビア。
もうすっかり冬です。去年より寒いです。
あったかいコーヒーを飲んで家でゆっくりギターでも弾いて今週の仕事の準備をしよう。
今日は引きこもりデー。だって寒いんだもん。そんな日曜日です。


昨日は大家さん(ケリーさん)の家でネットして、空手の話を聞いて、ご飯をご馳走になりました。
大家さんはいつ行ってもYou TubeでKarate(空手)のSensei(先生)の動画をダウンロードしては、この人の膝がダメだとかこの人の腰がダメだとか言っています。空手&日本フリーク。


そんな大家さんが最近YMCAのテコンドー部の指導に来ています。
大家さんはテコンドーじゃなく空手・合気道の専門なんですが、前までYMCAのテコンドー部を指導していた人が、IOC(国際オリンピック委員会)から援助でもらったテコンドーの用具一式を勝手に売ってお金を横領していたらしく、その人に代わって指導をすることになったそうです。テコンドー部から空手部に変えるんだって言っています。


また、横領かぁ。。。裏の話を聞くと、もう活動なんてやってられんっ!てなるけど、そこは人間関係とか関わると難しい問題がいろいろあるので聞いて聞かなかったふりをして、自分の活動に専念するすべを身につけました。そうしないとやっていけない。
でも、何とかならんのかな。横領。習慣?癖?そのレベルでやっているんじゃないかと思います。
シェアの精神がこっちの文化の基本なのですが、自分の手にある物は使うし、他人の手にある物も使います。とにかくあったら使うのが基本。
これで痛い目にあっている日本人ボランティアたくさんいるし、私もあったな。
どう伝えればいいのかな???


ほんと、今日は寒い**

2011年7月5日火曜日

田舎に泊まってきました

ザンビアはただいま4連休中。


今回の休みは、遠くへは行かずコッパーベルト州内で過ごすことに。
もともとこっちに来たときに電気も水道もない茅葺きの屋根でできたお家に泊まってみたいと思っていたのですが、なかなか機会がなくて今までできず。今回の休みにそれを実行しました。


私の住んでいる町キトウェから車で30分も出て、メインロードから外れて歩いていけば、そう言った家はすぐに見つかります。
ということで、適当にその辺に行ってみよう!そんで、めぼしい家を見つけて「1泊させて下さい」とお願いしよう!計画をしていましたが、ザンビア人の友達に大反対され、結局その友達のおばさんが住んでいるというマンサンサというところを紹介されました。
マンサンサというのはキトウェと隣町ンドラの間にある村らしく、ンドラ行きのバスを途中で降りて、左にまっすぐ歩いていってBana Mwilaという人を訪ねなさいと教えてもらいました。どっちにしてもBana Mwilaさん的には突然の訪問になるわけですが(携帯も持っていないので連絡の手段がなく)私的には少なくともいちお信頼の置ける人を紹介してもらい、安心しながら冒険気分満々。


当日は一人でBana Mwilaさんを探し歩こうと思っていましたが、その友達がBana Mwilaさんの孫にあたる子と一緒に行くようにと当日の朝、孫のKapesa君(12才)を連れてきました。
一人で探し歩くのも楽しみの一つだったので、なんかちょっと冒険気分が半減させられましたが・・・・・いや、一緒に行って良かった。というか連れて行ってもらってよかった。。。メインロードからめっちゃ遠いし、全部景色一緒だし、一人だったら辿り着く前に疲れきっていたことでしょう。何回か来たことのあるKapesa君も迷ってたしね。


なんだかんだで辿り着いたBana Mwilaさんの家は、おばあちゃん(Bana Mwila)とおじいちゃん(Bashi Mwila)と孫(Captain)の3人住まい。おばあちゃんはンドラに行っていて会えず。孫のCaptain君と案内役のKapesa君は実の兄弟。お母さんが亡くなって別々に引き取られたそうです。兄弟の再会も私のおかげ(?)で果たせた訳だし、ま、連れてきてもらって良かった良かった。


昼過ぎに着いたので、少し話してごはんを頂きました。
シマとビレッジチキン。シマはローラーミールという、米で例えるならば玄米にあたるもの。町暮らしのザンビア人はブレックファーストという白米にあたるシマをよく食べます。
そして、町で食べるシマの付け合わせは基本的に油と塩で味つけがされていますが、ここでは油も塩も高いので、材料そのままの味。ビレッジチキン焼きを頂きました。
結局1泊2日中、ここで食べたのはビレッジチキン焼きとビレッジチキン焼きの残りものの水炊きとローラーミールのシマのみだったなぁ。
ですが、たいへんありがたく頂きました。薪で作ったシマは薪の香りもあって、おいしかった。
しかも、村の人は朝食8時頃と夕食17時頃の2食。昼にお腹がすいたら、畑からキャッサバやスイートポテトを掘ってきて生でバリバリと食べます。
ま、でも夜は今の時期なら19時にもなれば真っ暗になり何もすることがないので、1日のうち12時間くらいは寝ていました。
食べる、寝る。そして、その他にしていたことと言えば、歩く。
歩くというのは、お隣の家も見えないくらいそれぞれの家が点々としているので、誰かに何かを持って行く、あるいは貰いに行くのにもとにかく歩く。コミュニティースクールや教会のある地域まで歩いて30分、車がひろえるメインロードまで歩いて1時間はかかります。そして歩いている途中に会う人とは、立ち止まって挨拶をする。
今回の滞在を通して感じたことは、村の生活は、寝る・食べる・歩くの3つで成り立っているということ!


お世話になったBashi Mwilaさんは、本当にいい人で、突然の訪問にも関わらず大変良くしてもらいました。以前は町で働いていたこともあったそうですが(だから英語も喋れます)、リタイアしてからマンサンサでファームを始めたそうです。本当に本当に孫のようによく世話をしてくれました。
近所の人たちも会うたびに丁寧に挨拶をしてくれ、来てくれて嬉しいとか会えて嬉しいとかとても歓迎してくれました。「もうBashi Mwilaさんの孫なんだから、いつでも訪問してきなさい」と行ってくれたり。


実は今回この冒険をしようと思ったのは、ザンビア人(特にキトウェの人)の良いところに触れたいと思ったからというのが一つの動機です。
キトウェの町で活動していると、本当にイヤなことがたくさんあります。ザンビア人からイヤなことをたくさんされたり、言われたり、一緒に働いていてやる気を失わされることがたくさんあります。最近、キトウェは特にひどいので。。。
自分と関わるザンビア人たちと向き合うためにも、ちょっと違う人とも触れてみようと出かけました。


本当に行って良かったです。良い経験ができました。本当におじいちゃんに感謝です。
また帰る前に行けたらいいな。今度は油を持って行こ。


ところが、キトウェの良いところに触れようと出かけ、行って分かったことですが、マンサンサはキトウェではなく隣町のルアンシャというディストリクトに所属するそうです。おじいちゃんはキトウェの人ではなかった。。。
でも・・・
ありがとうございました。


あんまり撮ってないけど、写真をUP。
家の周りは畑以外に何もない。夜の星空はきれいだった。

ローラーミールのシマとビレッジチキン

村の社交場(酒場)でチブク(ザンビアンビール)をご馳走になる。

薪でシマを作るKapesa君。
夜はこの火を囲んで、おじいちゃんの話を聞きながら体を温めました。

家をバックにおじいちゃんと孫2人と犬と私。帰る前に一枚。
おじいちゃんはカメラ目線禁止(伝統的に?宗教的に?)

2011年7月1日金曜日

National VCT Day

今日はNational VCT DayということでYouth DayWorld AIDS Dayのようにキトウェ市のイベントに参加しました。


参加することを知らされたのが、昨日。何の準備もしていない。
たいていこういうイベントにはバナーという横断幕とお揃いのT-Shirtsを用意して、町を練り歩き、イベント会場でステージイベント(劇やダンス)と各NGOのブースを出すのが一般的。毎回毎回お決まりのパターン。
というか、私個人的にはこういう市のイベントにT-Shirts代やバナー代をはたいて参加する必要はないと思っているのですが、ザンビア人的にはメンツがあるから何としてもYMCAとしてある程度人数を揃えて参加しないと気が済まないみたいです。
自分たちでイベントを企画してやった方が全然効果的だと思うんだけど。。。
ともあれ、今回も強行参加。
完全に準備不足。


他のNGOはこんな立派なのに、

私たちは机1個。

これなら参加しない方がメンツを保てたのではないかと思うのですが。
この辺は口出ししません・・・。








BTW, バイザウェイ、
最近、キトウェでiPhoneを発見!!しかもホワイト!!
裏にはちゃんとアップルのマークが。
4GBかと思いきや、4GSだって。
どんな操作性なのか試してみたいですね。

2011年6月29日水曜日

食材

こっちで手に入らない食材は、もちろんたくさんあります。

最近、久しぶりに食したのがイチゴ。
スーパーマーケットに生のイチゴが売ってました。
すっぱいけどおいしかった。

もうすぐ、コシヒカリも手に入ります。
JICAのプロジェクトでザンビア国内で作っていて、それを年に1度JICA経由で購入可能。早く手元に届かないかなーと楽しみにしています。
コシヒカリと一緒に納豆食べたいな〜。梅干し食べたいな〜。ちりめんじゃこ食べたいな〜。大根おろし食べたいな〜。

そして、最近自分で栽培したのが、もやし。
何の豆か分からんけど緑色の豆を買って、
水につけて暗所で栽培したら、

いい感じに成長。
美味しく豆もやしを頂きました。

日本に帰ったら、居酒屋に行きたいな〜。
一つのお店で何から何まで食べられるなんて夢のような場所だ。

2011年6月16日木曜日

飛び上がるほど嬉しいこと

YMCAとは関係ないけど、Kamatipa YMCAの近くにあるコミュニティースクールにたまに顔を出しています。ミラクルOVCコミュニティースクール。だいぶ前にとあるユースメンバーの紹介で繋がりができました。
OVC=Orphan and Vulnerable Children(孤児や弱者の子ども達)


コミュニティースクールはザンビア特有のものだということを聞いたことがありますが、公立や私立の学校に行けない子ども達のための学校で、授業料が安く、様々な理由で学校に行けない子ども達の最後の受け皿になっています。
いちお公立の学校の授業料はただですが、制服やPTA会費などが高くて行けないとか遠くて通えないという子どもたちが多いのです。


そこミラクルOVCコミュニティスクールの先生がすごくいい人で、手を貸せるなら貸してあげたいと思えるザンビア人。子ども達の扱い方も上手。こっちでは体罰とかパニッシュメントは普通だけど、この先生はそういうことは一度もしたことがない。それでも子ども達は言うことを聞くし、先生と生徒の仲もすごくいい。自分を犠牲にしてこの学校を運営していて、朝から晩まで一人でPreschool〜Grade7まで教えています。本当に教えるのが好きで、子ども達が好きでやっているんだなぁというのが伝わってきます。彼の収入は学校が終った後に家事手伝いや草刈りなどのピースワークをして得るお金。それで毎日の自分の食事をまかなっているそうです。学校の生徒からは月K1,000(20円)のみ徴収していて、両親がいない孤児からはお金をとっていません。授業料はチョークを買ったり、学校として借りている教会への家賃のために使われていますが、足りていないのは予想できます。
コミュニティースクールはどこもスポンサーや外国からの支援などがないところはうまく回っていないと聞きます。


自分にできることは?自分がやってもいいことは?・・・どこまで手を出すかって言うのは難しいところなんですが、少し手伝っていました。
コミュニティースクールに配属になっている他の隊員に聞きながら、スポンサー探しの手伝いを去年くらいからしていました。といっても学校の紹介パンフレットを作ったり、レターを作ったり、一緒にそれをもっていったりとそんな大したことはしていなくって、後半はほとんど彼一人でスポンサー探しをしていました。


そしたら今日ある鉱山会社から、1年分の家賃、ノート、ペン、チョークの援助を頂けるという回答が!
ホント生徒も先生もみんな喜んでた〜!それを見てこっちもすっごくHappyな気持ちになりました。先生なんか、その鉱山会社から来ていた人たちが帰った瞬間に飛び上がって喜んでいて、生徒達と歌を歌って、ダンスして。本当に嬉しかったんだろうな!
私のおかげで支援してくれるところが見つかったよって言ってくれているけど、本当にこれは彼の努力が報われたんだと思います。こういうのを見るのは本当に嬉しい。本当に飛び上がるほど嬉しい。


ちょっとイヤなことが最近あったのだけれど、久しぶりに涙が出るほど嬉しい気持ちになりました。支援してくれるところが見つかったからというよりも、ザンビア人が自分で努力してそれが実になったところを見れたのが本当に嬉しいです。幸せを分けてもらった気分です。